大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)413号 判決 1962年2月27日
被告、被控訴人 兵庫相互銀行
事実
本件において、原告・控訴人の被告・被控訴人(相互銀行)に対する掛戻債務の消滅の有無が争われ、原審において、原告は、相互銀行の職員による債務免除、民法第一一〇条による債務免除に関する表見代理の成立等を主張したが、原審大阪地方裁判所昭和三四年二月六日判決は、つぎのとおり、原告の主張をすべて排斥した。
「(二)原告らにおいては本件AB二口の相互掛金契約に関する掛戻債務はすべて弁済したと主張するので考えてみるに、先ずA口の昭和二九年一月分の掛戻金五万五〇〇〇円を原告覚弘がその弁済期日である同月三〇日に被告に対し支払つたことは、甲第一号証中成立について争のない同日附領収部分によつてたやすく認めることができるけれども、それら両口の同年二月分から同年四月分までの掛戻金合計金三三万円の弁済については被告において強く否認しているところである。よつてすすんでこの点について考えてみよう。
(1) 原告らにおいては昭和二九年七月滝通世なる者と右金三三万円の債務について履行引受契約を締結し、それを原因として右の弁済がなされたと主張するから、先ずその点についての事実関係をみるに、右滝通世なる者がその当時被告銀行の外務社員であつて、被告の営む相互掛金契約の締結及びこれが掛金の取立等の業務を担当していた者であることは、当事者間において争がなく、証拠を綜合すると、滝通世は昭和二九年春頃から原告覚弘に対し金三五万円許りの金銭債務を負担していたが、手許不如意のためその履行を遅滞していたこと、ところがその頃原告覚弘もまた被告に対し右三三万円の掛戻債務を負担していてこれが履行を遅滞していたところ、偶々右滝が被告の集金担当係員として当該債務の弁済受領の衝に当つていた関係上、同原告としてはこれら両債務の決済について種々考慮をめぐらしてみたこと、その結果同原告においては滝に対し、同人が原告覚弘の右三三万円の債務履行を引受けて呉れるのであれば同原告が同人に対して有する右三五万円許りの債権は弁済されたものとしてもよい旨を申し向けてみたところ、同人においてもその旨を承諾したので、ここに右原告と滝との間に本件三三万円の債務に関する所謂履行引受契約が締結せられたわけであるが、当該契約は被告を受益者とする第三者のための契約の性質をも有していたこと、ところで昭和二九年七月三日になつて滝は原告覚弘の求めにより、被告銀行の集金担当係員として被告に代り、右履行引受契約について、受益の意思表示をした上、被告としては滝から当該金員の支払をうけることにするから、原告覚弘に対しては当該債務を免除する旨の意思表示をも同原告に対してなし、その際同時にその点を明確にしておくため、本件AB両口の契約証書(甲第一及び第二号証)中に在る同年二月分から同年四月分までの各領収欄に、その頃職務上常時携帯していた被告名義の領収印を押捺し、以て被告作成名義のそれら掛戻債務金三三万円の領収証を作成した上、これを右原告に交付したことをそれぞれ認めることができる。右の認定に反する資料は何もない。
(2) ところで原告らにおいては滝が被告の外務社員として被告に代つてなした右の諸行為は、同人が有する代理権に基いてなしたものであるから、被告は本人としてその効果をうけるべき筋合である旨を強調する。よつて考えてみるに、同人が右原告となした前記履行引受契約自体は、同人が個人の資格においてなしたものであるから有効であつて、何らの瑕疵もないこと勿論であるが、当時同人が被告から与えられていた代理権の範囲は、証人三浦和夫の証言に徴してみても、相互掛金契約の募集締結及びこれが掛金の取立に限定されていてそれは前記当事者間に争のないその担当業務と一致し、それ以外には及ばないことが認められ、他にこの認定に反する資料は何もないから、同人が被告を代理して前記の如く受益の意思表示をしたり、または原告覚弘の債務を免除したりする権限はこれを有しなかつたこと明らかである。そうすると滝が被告に代つてなした前記領収確認乃至免除の行為は、所謂無権代理行為として、被告に対しては何ら効果を及ぼさないものといわなければならない。原告らにおいては滝が掛金取立の代理権を当時有していた以上、同人が一旦掛金を取立てた後即刻これを自己の用途に恣まに費消横領した場合と本件の場合とは、実質的にみれば同一と考えられるから、本件の場合を特に無権代理行為として扱うのは、彼此権衝を失し相当でないとの見解を持しているけれども、右両場合は決して同一視し得る性質のものではない。なるほど本件の場合滝の行為を正当な代理権の範囲内の行為と仮定すれば、この両場合とも結果的にみれば、それぞれ被告においてその債務者たる原告らに対する債権を喪失し、唯内部的に集金人の滝からこれが填補支払をうけ得るに過ぎなくなるという同一の事態を招来するわけであるけれども、もともと集金後における費消横領の場合においては、集金とともに即時当該金員に相当する債権が消滅して債権者と債務者間の関係は断絶し、その後は集金人が債権者のために債権者所有の金員を保管するという純然たる内部関係の問題となるのに反し、本件の場合においては、集金人たる滝において集金という事実行為をすることなく、従つて債権者と債務者間の関係は依然消滅することなく存続している内に、何ら債務免除の代理権限のない滝が、自らの恣意に基き債権者の名義を以てこれが免除の意思表示をなし、以て債権者と債務者間の関係を断絶せしめようとしたわけであるが、そのような無法なことによつてこの関係が断絶せしめられる法はない。この道理は全く当該集金人が集金の代理権はあるが、本件行為の如き代理権はないということの相当性を示すものであつて、結果の類似からして逆に本件の場合正当な代理権の行使を認むべきだとするのは、両場合における法律上の本質的な差異を看過するものといわなければならない。従つて原告らの前記見解には左祖することができない。
(3) 次に原告らにおいては、本件の場合滝の行為が仮に無権代理であるにしても、それは民法第一一〇条に所謂表見代理行為に該当するから、被告は本人としてその効果をうくべきである旨を主張する。そこで考えてみるに、なるほど滝のなした本件免除の行為は、同人の有する代理権を越えた行為であつて、所謂狭義の無権代理ではなく、民法第一一〇条適用の一要件を具備しているけれども、原告覚弘がその際に同人がそのような点についてまで代理権を有しているものと信じていたということについては、本件における全立証を以てしても、未だたやすく肯認し難く、若し仮に同原告がその際そのように信じていたとしても、それは同原告の重大な過失によるものといわなければならない。けだし滝は前記のように単なる集金人であるから、本来の職務である債権の取立をせずして、かえつて当該債務の免除をするということは、一般的に考えても集金人の職務内容をなすものとは認められず、殊に資力のない滝個人に対する債務と引換に原告らに対する従前の債務を免除するということは、良識ある社会人とすれば被告において到底諒承するところでないということを極めて容易に考え得るのみならず、本件においては滝自らがそれを被告に加ってなそうというのであるから、同人がその点につき加理権を有しないであろうということは誰でもたやすく想到できなければならない筋合であると考えられるからである。従つて原告覚弘が本件免除行為につき滝に代理権ありと信じたとしても、それは所謂正当な理由があつてそう信じたものとはいえないから、当該行為について民法第一一〇条を適用することはできないものといわなければならない。
以上説くところからすれば、本件金三三万円は原告らにおいて未だ被告に対し弁済を了えていないことになるわけである」。
控訴審において、控訴人は、更に、民法第七一五条による使用者責任に基く相互銀行に対する損害賠償債権を自動債権とする相殺を主張した。
理由
当裁判所の判断は、左に付加するほか、原判決理由説示(一)(二)と同旨であるから、ここにそれを引用する。(一部訂正省略)
控訴人らは、「被控訴人は、控訴人覚弘に対し、滝通世の不法行為により生じた損害につき、使用者責任としてこれを賠償する義務があるから、右債権と掛戻債務とを対当額において相殺する。」旨主張するので検討する。
控訴人らは、滝の行為は、「出資の受入預り金及び金利等の取締等に関する法律」三条に違反するというがもともと覚弘の依頼により滝が金銭貸借の媒介をしたところ、同人が、覚弘の名義で、その必要とした一、〇〇〇、〇〇〇円以外に、三五〇、〇〇〇円を余計に借り、これを、かつて自己が同様媒介した債務者吉川健三名義の貸借の支払にあてたため、その後、右金員に対する措置に関し、両者に紛糾を生じるにいたつたものであることは、証拠により明らかである。ところで、証拠を併せ考えると、前記三五〇、〇〇〇円につき、滝は覚弘に対し「領収証」(甲第八号証)を差入れてはいるが、これは、甲第八号証に記載されているように、滝が覚弘から被控訴人に対する預金として右金員を受取つた(現実に授受のなされていないことは勿論である)というのではなく、覚弘において、この三五〇、〇〇〇円の決済につき自己に負担のかかることをおそれ、滝の責任をもつてこれを処理させるためできるだけ効果のある書面として、甲第八号証を作成せしめたのであつて、右「領収証」の意味も、たかだか、将来、滝が、右金員を工面して、これを覚弘のため預金するか、あるいは、被控訴人に対する覚弘の掛戻債務にそれを充当し、同人に迷惑をかけないことを、滝個人において約したにすぎず、覚弘もこれを承知しながら、それを受取つたことが認められる。そうであればこそ、後になつて、前記(原判決引用)のいわゆる履行引受契約なるものが同人らの間に締結されたのであつて、甲第八号証は、滝が被控訴人の名義を冒用して作成した偽造のものといわねばならない。もし、そうであるならば、履行引受契約に基づく掛戻金への充当行為につき、原判決引用部分において説示したところに徴するときは、その後の経過が控訴人ら主張のとおりで、覚弘に、その主張のような損失を与えたとしても、その損失は、滝が被控訴人の業務の執行をするにつきなした行為により生じた損害とは到底解することができないので、控訴人らの右主張は、他の点につき判断するまでもなく理由がない。